『王とサーカス』

 文庫化されるまでずっと待っていた一冊でした。

 ある意味、大刀洗万智という主人公がジャーナリストとしての自分を定義あるいは決意した事件、というべきでしょうか。米澤穂信さんの作品は自分にとってはほろ苦さ、苦味を感じる作品ばかりで、それが好きでしょうがないのでほぼ全作品に目を通しています。冊子化されていないものは読んでいないので。
 この物語はネパール王族が王宮内で皇太子に惨殺されるという衝撃的な事件から始まります。主人公はフリーになったばかりで月刊誌の旅情報の記事を書くためにカトマンズにやってきて、国家を揺るがす事件に遭遇します。一般旅行者として。そしてその情報を得る為に接触した人物が・・・という展開。
 推理ものですから、あっと言わせる展開になっていきますが、犯人のだいたいの見当はつきます。しかし実はその先が米澤さん的な展開で、今思うと映画『ホテル・ルワンダ』だったか何だったの一シーン、あるいはセリフに繋がるものがあります。と言いながら、自分は覚悟が定まらなくて『ホテル・ルワンダ』を見ていないのですが(オイ
 なので又聞きなのですが、『ホテル・ルワンダ』はルワンダの内戦の一コマを描いている訳ですが、虐殺が起こり、それがメディアで報道されてルワンダの人々はこういうのです。「これで世界は助けてくれる」「注目してくれる」
 だがそんな事はないのです。その報道を見た人々は「悲惨だ」「恐ろしい」「許せない」というだけで一過性で終わるのです。アクションを起こすのは、それによって政治的、経済的、もしかしたら軍事的に利益を得る政治家や組織であって、彼らはルワンダ内戦に対する感情を棚上げして、自分たちの利益の為に行動する訳です。
 そこにメディアの「正義の為」とか「真実を知らせる為」なんて建前は薄っぺらく聞こえる訳で、その結果もたらされるものは当人たちにとって利益になる場合も不利益になる場合もある訳です。もしかしたら他国の介入により、もっと悲惨な展開になるかも知れない。
 そんな事を小説の中に込めていく米澤さんの感覚、感性が凄く好きなんですよね。
 題名の『王とサーカス』。おそらくどちらも公開性のある娯楽、『見世物』であるという含意があるのではないでしょうか?
 次回作も楽しみです。