なるほど

 先週末はまたまたダラダラ過ごしていたので、特に何も書くことはないのですが・・・ええ、昼寝は繰り返しやっていると夜、寝付けないのですよ。昨夜は・・・昼寝していないけど寝付けなかった・・・別にW杯の為に起きていた訳ではないです。ベルギー戦、善戦しましたね。まぁ仕方ないけど。
 やっぱ冷房と扇風機を組み合わせると涼しすぎてアカンのかなぁ。今夜はどっちか一方にしてみよう・・・
 んで、ですね、記憶に残ったのが金曜日の晩に町内の方が語っていた『業種転換』の事かなぁ。業種転換といっても、その方が経営している会社が生地、反物販売メインを製品企画、製造に転換したという話なんですが、その方、世代的には三代目なんですけれども、結構目が鋭い。もしくは学校を卒業された後に就職した会社と、実家の会社の落差にカルチャーショックを受けたという程衝撃を受けたので、危機感が半端なかったのかも知れません。 
 まぁ五時半の終業時に放送が鳴り響き、社員全員、その放送を机に座って待っているという、ホワイトすぎる環境が一番アレだったと。時はバブルです。自分もバブル崩壊二年ほどを経験しましたが、当時は定時で帰宅したら仕事が終わらないので九時ぐらいまで仕事するのは当たり前でしたからね。ナチュラルハイ状態で気になっていなかったし、帰宅しても当時寮に一人暮らしでネットなんてなかったし、趣味はあるけれども、追い込まれて時間をひねり出してやる方が楽しかったし、仕事をバリバリやる快感というものを知っている人からすると、ホワイト過ぎる環境は物足らないのでしょう。
 当時、名岐地方のアバレルは、ま、今もらしいですが、安いものを大量に作り出す事は得意でも、高額のものを企画製造する事は不得手で、まさにその分野を開拓するのに自分の首をかけたと。まぁ会社継がなくても融資してもらって、その分野にノウハウを持つ会社を買収してやっていけばいい、という読みがあったでしょうし。その当時、社長をしてみえた現会長ともアタクシ知り合いでして、ま、その方からすると現会長は会計畑の人間で、兄である現社長の父にあたる方が急死なさったので、中継ぎ感覚で社長になったらしく「やっぱ会計やっている人間は経営には向かんわ」という事を当時、しきりにぼやいてみえたんですわ。
 そんなもんかなぁ、と思いましたが、現社長さんの話を聞くと、なるほどねぇ、と。
 安価多売をしていた長者町界隈の大きな会社はバブル崩壊とともに倒産していきました。大量消費の時代ではないし、もしもそれをやろうとしたらユニクロのように製造販売を自分たちだけで一貫して行い、利益を全てわがものにするような形にしなければ立ち行かなくなると、という事ですかね。
 実際に今後ヒットしそうな商品も見せてもらいまして、あ、制服業界でも欲しそう素材だなぁ、と思いましたが原炭のメーター単価が千円超えると聞いて、あ、ないわ、と思いました。大変機能的なダウンのハーフコートですが、パーツの多さ故に一着作るのに五メートル必要って、それだけで原価五千円こえるよね。一着単価が五千円あたりから売るのが難しくなる業界では、なかなかこれは難易度が高い。それができる会社が生き残り、安易な安価販売を続ける会社は消えていくのだろうと思うけれども、自分自身に特効薬のような処方箋はない。
 ま、生き残っていく事を模索しながら、仕事するしかないですね。