時代の子

 そういえば、この人について詳しい本を読んだ事がなかったナ、と思い借りてみました。

田中角栄 - 戦後日本の悲しき自画像 (中公新書)

田中角栄 - 戦後日本の悲しき自画像 (中公新書)

 副題が『戦後日本の悲しき自画像』とありますが、いささか自虐的ですネ。まぁ元朝日新聞記者の方が書いた本だから、さもありなん?
 田中角栄と言えば、私が物心ついた時には既に真っ黒な政界の黒幕視されていました。ロッキード事件で有罪判決を受けた後の、大平首相が急死した後の選挙結果をTVで放映していた事を、うっすらと覚えています。結果自体はどーだったのか覚えていませんが。
 改めて評伝を読むと、この人は都市部に何もかも吸収されていく地方に、何とか活力、活性、文明の光を入れよう。出稼ぎに出なくても、家族が暮らせるような地域環境を整えよう。それが究極の目的でした。自身がそういう新潟の馬喰の息子で、母親が散々苦労して自分や姉妹を育ててくれた事を知っているので。
 頭の回転が速く、行動力があり、エネルギッシュ。議員立法を駆使して当選二年目ぐらいからガンガン働きまくります。
 土建屋あがりの起業家でしたから、発想が官僚出身者とは異なります。大方の政治家が大票田の都市部にしか目が向かない中、郡部や過疎地にも足を運び、インフラ整備を約束します。当時はそれの有無が死活問題でした。まともな道路がないせいで医者の下に急患を連れて行けないとかザラな時代でしたから。
 最初は左巻き政党を支持していた小作出身の人々も成果をあげる田中を支持するようになります。保守政党は財界の傀儡と言う彼らも、都市部の労働組合の傀儡である事を知ったからで、田舎の為には何もしてくれないと気づいた為。
 田中角栄の政治手法は徹頭徹尾、利益誘導でしたが、それは時代の要求でもあり、また庶民にも解り易い政治の成果であり、彼の手法を真似た自民党政治家が各地の地方に金をばら撒いて安定政権を築き上げました。
 しかし開発と荒廃が実は紙一重である事に彼自身、なかなか気づきませんでした。また熱心に国土開発を勧めても人口の流出を防ぐ事はできませんでした。彼が活躍時代から見ても首都圏と言われる南関東への人口流出は止まりません。
 首相になった事を頂点とし、ロッキード事件を理不尽なものと解した彼は権力に固執し、活力ある政治家は次第に真っ黒な黒幕へと変化しました。漫画や小説で描かれる悪徳政治家は彼の姿をステレオタイプ化したものがほとんどです。
 この本の前書きに田中角栄の在りし日の写真が載っています。実にいい顔、仕事のできる人の顔をしています。財政の素人と言いながら、東京オリンピック後の不況、山一証券の破綻を公的資金や銀行の協力で乗り切った事実と、大蔵省出身で財政畑と言われた宮沢喜一氏がバブル崩壊後、各界に気兼ねして大鉈を振れなかったばかりに『失われた十年』といわれる不況をもたらした事は、政治家というものが一体どんな人が相応しいのか、考えさせられます。
 今の選挙態勢は田中角栄型の人間を政治家にしない方法でもあるので、こういう活力ある政治家は当分登場しないでしょう。
 過疎地に総合病院をもたらした徳洲会議員が昨日辞職を表明した事も考えると、大都市中心の考え方は、まだまだ続くのだと思いましたネ。