寒いんだか、暑いんだか

 今読んでいるのが、コレ。

甦るトロイア戦争

甦るトロイア戦争

 古代、それも三千年以上前の話ですが、一時期東地中海諸国が衰退する「暗黒時代」というものがありました。たぶん現在の世界史の教科書では具体的な事は教えてくれていないと思います。それの一つの答え、のようなものでしょうか?
 エジプトを襲った謎の「海の民」とは、実はアナトリア(現在のトルコ)西岸諸国で、それは東地中海から中東、メソポタミア北部のアッシリアまでも含んだ「世界的な」対立関係の一環であり、トロイア戦争もその中の一つである、という解釈です。なかなか説得力があります。当時の世界はシリアの帰属問題を巡って対立していたエジプトとヒッタイトアナトリア北中部)という二つの大国が和睦し条約を結んだ事が基軸になっています。この両国と対立するのが、北部メソポタミアアッシリア北アフリカリビア、そしてアナトリア西岸の交易都市国家群でした。反ヒッタイト=エジプト陣営と敵対しているが為にミケーネを始めとするギリシャのアカイア諸王国はヒッタイト側につきます。エジプトを荒廃させた「海の民」はリビアと戦争中のエジプトに襲い掛かった、つまりエジプトとヒッタイト同盟の要であったキプロスやシリアに楔を打ち込んだ西アナトリア諸国の軍であったということ。
 その後ヒッタイトアッシリアと西アナトリア諸国に圧迫されて滅亡し、また、西アナトリアギリシャとの交戦の中で衰退、没落していきます。そしてギリシャもまたエーゲ海をまたがった遠征を幾度となく繰り返した為に力が弱まり、マケドニアトラキア方面から進入したドーリア人たちとの抗争に敗れていきます。
 なんだか、後年のローマ帝国の滅亡と同じく、他民族の玉突き現象で文明が活力をなくし荒廃していく様が解ります。
 定説ではないようですが、なかなか面白いですね。
 ローマ人はトロイアの後裔と称していますから、繁栄し、大国ヒッタイトやエジプトと抗争した歴史を持つトロイア=西アナトリア諸国は、古代においては偉大な民族と理解されたのでしょうねぇ。