蒸し暑い日々が続いております。
昨日読み終えたもの。
- 作者: 小林清治
- 出版社/メーカー: 吉川弘文館
- 発売日: 2003/09/01
- メディア: 単行本
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また、『殺生関白』と悪名高く失脚抹殺された秀吉の甥、秀次なのですが、資料上では、とくに東国、奥羽の政策に関しては積極的に関わっており、東国取次である徳川家康と並んで政権重鎮として役割を果たしています。九戸合戦が終わり豊臣政権下での関東、奥羽の大名配置が決定された時点では、彼が東国大名の取次、旗頭であった事は間違いなく、もし彼が失脚せずに秀頼の補佐ないしは中継ぎの政権主催者として存在していれば関が原の合戦は起こらなかったかも知れません。徳川家康とは親交がありそうですし、本人が中継ぎに徹する立場を見せれば豊臣武功派大名たちも彼の下に結集。石田三成は失脚という形で政争は片付いたかも知れません。
何となく通説が言っているほど無能ではないように思えます。大体からして無能であるならば徳川家康と並んで東国大名の配置責任を任される筈がなく、秀吉も彼らの判断を認めて裁可を下しているわけですから。もちろん家康にやられっぱなしでお飾りだったという解釈もあるでしょうが、九戸合戦時点での秀次は秀吉の第一後継者です。政権下最大の大名に手もなくあしらわれているようでは、その時点で明らかに失脚じゃないですか。密室で話し合いが行われる可能性や必然性もないので、多数の家臣を交えての協議、手紙のやりとりをしているでしょう。無能ならすぐにボロが出ると思うけどなぁ。
通説っていうのはたぶんに物語的です。さもありなんという状況こそ疑わしいのかも知れません。
なーんか、悪く言われている人が実際は活躍しているのを見つけると、なんか嬉しいんですよねぇ。