自宅に帰ると時間がないので
また少し時間があいたので職場で書いたりする。
とはいえ、資料が自宅にあるネタなので自宅で書いた方がいいのかも・・・お、その前に昨日読んだもの。
- 作者: 清水玲子
- 出版社/メーカー: 白泉社
- 発売日: 2008/01/29
- メディア: コミック
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犯人像とか、他者に無関心な世相の人々の事とか、割と好きです。ただ、全体として感じるこの『なんだかなぁ』感は一体なんなのだろう?我ながら謎だったりします。うーむ。でも好きだなぁ。
そして本題。先月・・・ちょうど先月の今日だよ・・・の冬コミ会場でお隣の方と『劉備敵役説』で盛り上がっていたのですが、その時、曹操一族は実は皇帝位簒奪を渋っていたのではないか、という説を話していました。その論拠というものは曹操すきーな方のあんまりメジャーじゃない本からだったのですが、その後、ちょいと手元のちくま文庫版『正史三国志』を読み返してみて、なるほどと納得した次第。
正史の本伝にはあっさりとしか書いていないのですが、注でついている献帝春秋とかなんとかという本に載っている話として、後漢の献帝から皇位を譲ると持ちかけられて辞退している曹丕と群臣のやりとりが描かれています。とはいっても文章によるやりとりですが、これがくどいほど長い。この本を最初に読んだ大学生当時の自分は、たぶん死ぬほど退屈だったのではないかと思うほどです。しかし、このくどいやりとりに曹一族の考え方がこめられているのではないかと思ったりして。
曹操の祖父に当たる人物が宦官で、彼の父親はその養子であった事は広く知られていますが、宦官の物の考え方については深く考えられる事は少ない・・・と思う。宦官というものは、言ってしまえば皇帝権力の寄生虫であり、皇帝がいなければ権力の源泉はなく、ただの中途半端な存在、あるいは奴隷でしかありません。曹操の祖父は長く後宮で実権を振るった人物ですから、そのあたりの実態を心得ていて、皇帝あっての自分である事を実感したり肝に銘じたりしていたのかもしれません。
そう考えると曹操にとっての後漢の皇帝というものが、どういうものであるか多少なりとも見えてくる気がします。そうでなければ曹一族の躊躇が解りません・・・おっと時間になりました。という訳で続きはまた後ほど。