寝よう寝よう

 早く寝よう。今夜はこのコンセプトで・・・いければいいなぁ。(ダメな奴
 本願寺の件、続き。
 信長は一向一揆に対して殲滅戦を仕掛けたと言われがちですが、そうでもない。例えば越前の一揆衆に関して、本願寺に属さない高田派とか三門徒派とか言われる人々に対しては誘降を働きかけていますし、また早期降伏した人々を安堵したりしています。殲滅しているのは織田方の進攻に際して武力を持って抵抗したグループばかりですが、既に内部分裂していたらしく強い抵抗はほとんどなく「バターをナイフで切るように」進攻は完了したようです。
 長島一向一揆に関しては、一回目の戦いで弟が自殺に追い込まれ、二回目の戦いでは氏家卜全戦死。そして和睦成立のあとだまし討ちをされて林何某という武将が討たれています。たぶん織田家宿老林家の一族で尾張の武将なのでしょう。公私ともに恨み骨髄の長島勢に対して重包囲を敷き、徹底した殲滅戦を行った事には、裏がありました。
 中世日本においても、やはり領主というものは人々を守る義務を負い、だからこそ年貢を取り立てる権利を持っていたのですが、もしこの領民を守る義務を怠ると領主の資格なしとして領民が領主を見限ってしまうのですね。焼き討ちをされたり殲滅戦をされる場合も、やった方ではなく守りきれなかったものに対して非難が向く。現代人の感覚からするとおかしいようですが、平穏無事なことが『当たり前』になっている私たちとは違い、人災天災が当たり前の世界では、それらへの危機管理こそが重要になってくるわけで、あらゆる災害に対して手を尽くし領民の利益を守る者でなければ、年貢を取り立てる権利はないというわけなんです。
 だから信長は、「自分に逆らったから皆殺しだ」という意味で殲滅戦をしたのではなく、「お前らの領主は殲滅戦を許した不甲斐ない奴だから、奴なんぞ見限れ」というメッセージを込めてやっていたのですネ。
 実は殲滅戦を仕掛けられるというのはかなり統率力が取れた軍勢でして、だいたい軍勢に参加している雑兵は略奪を目当てにしているものです。略奪の対象は人間も含まれ、老若男女問わず奪い去り奴隷として商人に売り払ってしまいます。んで食い物に変えたりする。それを禁止するということは、雑兵に対して支払能力があり命令を徹底させる権力が強いという事にもなり、実は織田勢が天下統一に一番近かった最大の理由ではないかと思ったりします。
 つまり団結力の強い一揆衆に対し、本願寺についていても奴らは頼りにならんよ、と宣伝しているわけで、一揆衆の切り崩しを図っている訳なんですネ。
 うっ、また長くなったな。今回はここまで〜