幕末の混迷の原因が解ったような気がする。

 孝明天皇の本を読み終えて思ったこと。幕末の状況が混乱の極みになってしまったのは、この人のせいだと思い至りました。ええ。
 開国を主張する幕府に攘夷を命じ、幕府がそれを実行しないことを難詰しながら幕府の存続を望むという矛盾をやってのけた人なのでありますよ。しかもその時の状況によって勅命を朝令暮改したりして自らの権威を失墜させたり、一橋慶喜を信認して当の幕府からも疑われたりと、もう散々な感じ。悪性出血性天然痘で亡くなったそうですが、この人が亡くなったのが1866年の十二月。明治維新は1868年ですよ。
 確かにそれまでの経緯が積み重なって、時代が大きく動いたといえるのでしょうが、それにしたって1850年代からの日本の混迷は孝明天皇その人にあったと言っても過言じゃないやーっと思いました。
 もしもこの人が全てを幕府に委ねていたら、日本は内戦を経験せずに開国したかも知れません。
 もしもこの人が幕府との対決姿勢を鮮明にしていたら、十年余りのテロ横行時代は存在しなかったかも知れません。対立関係がすっきり整理されて、激しい内戦となるでしょうが、主義主張が錯綜して、誰を信じればいいのか解らないという事にはならなかったかもしれない。
 もちろん、人間としての孝明天皇は気配りの行き届いた人で、思いやりもあり責任感もありました。ところが決断力がないし、育ちの良さが災いしてか肝心なところでこらえ性もない。歳が若いという事も、こうなるとマイナス材料で年寄りのふてぶてしさがないものだから、ちょっとした他者の攻撃にも動揺してしまう。
 この人がもっと責任感のない人だったら、とか、もう少し人生経験を積んでふてぶてしさを身につけていたら、とか、そうなっていたら、『天誅!!』とか言って殺される時代にはならなかったかも、とか思ったりしました。
 優柔不断な人間は政治に関わっては不幸になりますネ。本人だけじゃなく周りの人間も。