晴れて暖かい?

 ひめのさんに教えられて日記の設定を変更しました。これでコメントをどなたでも書き込んでいただけるようになった・・・筈です。そういう変更ができる事すら知りませんでした。無知ですね。無知は罪です。鞭打ちの刑・・・ベタですな、おい。
 日本の中世に関する読み物、講演集みたいなものを読んで、なかなか興味深かった事をいくつか。
 上杉謙信が軍事的に北条氏に劣っていたという事。
 んな訳あるかー!といろんな方から言われそうですが、国力として越後の国を領有していた上杉謙信は、南関東を支配していた北条氏に劣っていたようです。特に農村支配において。
 北条氏はかなりきめ細かい農村支配を行っており、江戸幕府もそれを引き継いでいます。しかし上杉謙信は本国越後の北三分の一を掌握しておらず、また農業生産でも越後は劣っていたようですね。謙信が関東勢を糾合して十一万の大軍で小田原城を包囲しながら落とせなかった史実がありますが、普通に考えると自分の領地で十一万という法外な大軍が好き勝手に振る舞えば、略奪とか放火とか殺人とか、色々ですな。そうなったら北条氏は敵を撃退しても領民に対する権威は失墜し、弱体、滅亡の道を辿る筈なのに、それがない。考えてみれば驚異です。それだけ領地支配が徹底しているという事ですね。
 では謙信はどうやって収入を得るのかという事ですが、越後上布や金などの商業製品をつくり、それを近畿方面に輸出、販売して利益を上げていたようです。つまり、謙信は商業的な収入で軍勢を組織し、戦争を行っていたんですねー。だから自給自足なんて事はできない。
 軍隊はそれ一つで完結したシステムでないと機能しないものですから、この点、実際の作戦能力はともかく、補給などの支援分野で上杉氏は北条氏に遅れをとっていた事になります。
 日本の戦国時代で補給を完備していた軍隊は存在しないけどね。
 ただ、これが外交面になると上杉氏の方が優れています。商取引は情報戦が命です。近畿地方との取引が多い事は結局中央の政局を察知しやすく、上杉氏は逸早く天下人になりつつあった羽柴秀吉と誼を通じます。
 ところが自給自足できる北条氏には、情報は入ってきてもそれを判断できる能力がない。結果、秀吉政権に下手を打ち滅亡という事になりました。
 謙信くんは軍事バカじゃなくて、商売の方にも明るかったんですねー。
 二つ目を書こうとしたら、長くなってしまった。それはまた今度〜。