秋雨じゃのお

 昨日の続き、『雑兵たちの戦場』から日本の鎖国政策のきっかけについて。
 通説だとキリスト教を布教させない為とあるのですが、もう一つ二つ、当時の東南アジア情勢が関わっているようです。
 戦国期の九州では略奪した女子供を二束三文で外国船に売っていたようです。その中には雑兵もいたり、海賊もいたり・・・で、手持の兵力が少ないイギリス・オランダが、マニラやマカオポルトガル、スペイン勢力を攻撃する為に日本人を傭兵として使っていたようです。・・・質は大変悪くて凶暴だったらしい。
 で、徳川幕府が開かれて徳川秀忠執政の頃、東南アジアで後発だったイギリス・オランダが、ポルトガル・スペインに攻勢をかける為に、二千〜三千の日本傭兵を手に入れたい、と正式に幕府に申し入れたようです。傭兵といっても士分は一握りで多くは奴隷的な雑兵ばかりのようです。
 しかし、天下統一を果たして、交易はしたいけど海外との揉め事に巻き込まれるのは好ましくないと考えた幕府は、これを拒否。ついで日本人の渡航禁止と武器輸出の禁止(火薬や火縄銃を輸出していたようです)を命じ、鎖国化への一歩を踏み出したようです。キリスト教が広まるのを恐れるだけだと、ちょっと説得力がないですからねー。あんまり事情の解らん人々の喧嘩に巻き込まれたくない。国内にも問題は山積している。というのが本音らしい。
 ちなみに、桃山時代から江戸初期にかけて大規模な土木工事が盛んに行われているのですが、その原因は、戦いがなくなった為にあぶれた雑兵たちを人足として使い、その人手を吸収する為だったようです。農業を厭い、日銭を稼ぐ為に都市部にきたが、仕事がなくて犯罪に走る、といった連中が凄く多くて、豊臣政権や徳川幕府の頭痛のタネだったようです。治安がとても悪くなるものね。
 結果としてその状況は江戸期を通じて改善されず、明治期に戸籍調査したり、昭和の好景気で土木建築業の人足に使われたりと、ようやく減ったのですが、バブル以後の不景気で再び、ダンボーラーや路上生活者として復活している、という訳で・・・そう思うと日本人って大して進歩してないよ?