ああ、いい天気ですよ、せにょーる

 昨日の名古屋は夜半過ぎの午前零時何分に最高気温を記録したとか・・・え?真夜中よりも日中の方が寒かったですかっっっ。どおりで頭が回っていないというか、ぼんやりというか、冬眠モードというか(ダメじゃん
 うちの店、名古屋の都心にあるのですが、不景気のせいで大変周辺が静かです。お盆からこっち公共工事が減ったのかどうなのか知りませんが、うちの前の道を通るダンプとか、それだけじゃなくて絶対的な交通量が減っています。閑静な住宅街(?)みたくなっていて、昼寝には最適ですが、仕事をする上では心配になります。年末に向かって倒産、廃業するところが増えそうだナ。
 それはさておき(いいのか?)、昨日読み終えたもの。

橋と異人―境界の中国中世史 (研文選書)

橋と異人―境界の中国中世史 (研文選書)

 中国史における境界・・・非日常的な世界を扱った本です。なかなか面白くてよかったです。私も学生時代に行った事がある・・・九十年代に入ったばかりだったから復活して間もない茶館だったかな、それの話題と、あと無頼の起源とか特長とかが興味深かったですね。特に茶館は何か小説ネタにしたいと思いました。中国が舞台じゃなくても、いつものように違う世界もので使ってもいい。それぐらい魅力的な場所です。
 中国は日本よりも遥かに流動性が高い社会のようで、それだけ皆情報収集に熱心。寒村の人たちも週に何日かは都会に出てきて情報収集して自分が作った作物や工芸品の処分の仕方を考えていたようです。その時の会話の場所が茶館。酒場じゃないんですな。
 確かに茶館でも酒を出したりしますが、皆僅かなお金で飲めるお茶で話をしているようです。単なる会話の場ではなく、組合、ギルド的な寄り合いの場所であったり、喧嘩の仲裁を行う場であったり、喧嘩の実力行使の場であったり・・・面白いのは、茶館で話し合いではまとまらず、乱闘になってしまった場合、負けた方がお茶代や茶館が請求する損害賠償を支払う事になっているということ。それで手打ちらしいです。おそらく治療費も払うんだろうなぁ。
 あと、旅の用心棒として武侠小説によく出てくる『標(ほんとは金編)』の実態とかね。もともと『標』というのは手形らしいです。それを護送する用心棒の事を言うようになり、次第に経済が発達して、なおかつ治安も悪くなってきた清朝後期以降に盛んになった職業らしいです。まぁ盗まれる危険がなかったら用心棒なんていらないしナ。
 他にも無頼とは非日常の存在であり、そのアイデンティテイを明確にする為に、刺青を入れたり、食人行為をしたり、お上に逆らったりしたりしていたらしいですね。表の世界では文官が幅を利かせている故に、庶民、裏の世界では腕っ節が尊敬される、という逆転現象とか。
 なかなか面白い本でした。